庚申塔物語

多摩地方の変わり型三猿

多摩地方の変わり型三猿

三猿は、庚申塔のシンボル的な存在だ。庚申塔を知らなくても、見ざる・聞かざる・言わざるの3 匹の猿がついている石塔だ、といえば、あれかと思いだす方もあろう。山中共古翁が『共古随筆』の 中で、庚申塔を扱った1章を「三猿塔」と名付けたことからも、庚申塔と三猿の関係がうかがえる。 本誌182輯では、横田甲一さんがお手持ちの庚申塔アルバムから多くの三猿を紹介され、三猿のバ ラエティを示された。庚申塔の魅力は、主尊像や像容の変化、あるいはさまざまな塔形もさることな がら、三猿の多様な姿態を見逃せない。

昨年(昭和58年)10月、三猿の源流を追いかけて世界各地を廻られた飯田道夫氏が『見ザル聞 かザル言ワザル──世界三猿源流考(三省堂選書)を発表された。同書をお読みいただければわかる ように、世界各地にみられる木彫りや鋳造などの三猿像は、お国柄の違いがあって、猿の造形にも表 れていて面白い。私のささやかな三猿コレクションの中にも、国産の三猿に混じって、木製のケニヤ 産三猿が加わっている。さて、ここでは横田さんの触れられなかった東京都の市郡部、多摩地方に散 在する庚申塔の中から変わり型の三猿を選んで紹介しよう。

多摩地方にみられる変わり型三猿は、大きく4つのタイプにわけられる。その第一は、「扇子型」 と仮に名付けておくが、三猿が扇子を持つタイプである。代表的な事例は、青梅市千ケ瀬6丁目の宗 建寺境内にある文化9年塔台石に刻まれた三猿である。写真でもわかるように、烏帽子をかぶり、狩 衣を着て扇子で塞目・塞耳・塞口のポーズをとる。この系統のものは、青梅市黒沢1丁目野上指の文 政5年塔や同市成木6丁目慈眼院の文化9年塔、あるいは小平市天神町・延命寺の嘉永3年塔や西多 摩郡五日市町伊奈・山王宮下の弘化4年塔にみられる。これらの三猿像は、いずれも台石に浮彫りさ れている。この系統は着衣帯冠のものが多いが、そうでない三猿もある。青梅・成木の塔がその例で ただ扇子だけを持っている。着衣の猿も細かに観察すると、同一方向に歩む五日市の塔、1匹だけは 逆向きの青梅・千ケ瀬の塔、中央が正面向きに座って両端が外側を向いて踊る青梅・黒沢の塔、座っ て踊るしぐさのの小平の塔と変化がある。

第二のタイプは、三猿に馬を配したもので、「駒曳き型」と類別できる。これは、青梅を中心とし た扇子型に対して八王子市に分布する。長房町中郷の安永7年塔台石のは、向かって右端の猿が先駆 け、中央の猿が駒を曳き、左の猿が後から追いたてている。同系のものが下恩方町辺名・金山神社に ある。天明3年塔台石の三猿は、先の中郷のとは向きが逆である。向かって左端の猿が馬の手綱をと り、中央の猿が馬上に乗り、馬の後ろを右端の猿が棒で追う構図である。

第三は「桃木型」と呼んでおくが、桃の木の枝に三猿を配している。これも駒曳き型と同じく八王 子市内にみられる。上恩方町醍醐の安永2年塔、同町上案下の明和8年塔、南浅川町大平の明和9年 塔の台石に刻まれている。この系統の三猿は、庚申塔ではないけども、武蔵村山市中藤・日枝神社の 燈籠台石に浮彫りされている。ついでながら、対の台石には相撲をとる三猿があって珍しい。

第四は、以上にあげた扇子型・駒曳き型・桃木型に属さない、さまざまなタイプの三猿で、ここで は「雑型」と呼んでおく。町田市相原町・大戸観音境内にある寛文10年塔は、一見すると地蔵と思 われる2手青面金剛を主尊とする。この種の主尊像は、神奈川県津久井郡津久井町にもあって、同一 の石工になるものであろう。塔下部の向かい合わせの三猿は、この頃、江戸周辺にみられる正面向き で並ぶお行儀のよい菱形三猿(標準型)が多い中でユニークな存在である。西多摩郡羽村町羽東・禅 林寺の元禄塔も、この種のもので、肥えた向かい合わせの三猿を浮彫りしている。武蔵村山市岸の丘 陵にある年不明塔の三猿は、横向きで1列に進む変わり種である。町田市相原町の御殿峠旧道にある 寛文塔は、向かい合わせの二猿の上に横向きの猿を置くもので、多摩地方には類例がない。その他に も細かな変化を取り上げれば数があるけれども、多摩地方の主な変わり型三猿は、以上に示したもの に要約されよう。

最後に、三猿の文字化にふれておく。多摩地方では日野市を中心にみられるのが、三猿の刻像の代 わりに文字で表示した塔である。つまり三猿像を省略して「三疋申」とか「三匹申」「参疋猿」、あ るいは「申申申」の銘文を刻む。三猿の刻像が文字塔から消える時期に生まれた過途的現象である。 日野市に八基みられる以外は、八王子市・多摩市・府中市に分布するが、数はいたって少ない。多摩 地方以外でも、たとえば東京都北区滝野川・寿徳寺の「三猴」や埼玉県和光市下新倉・吹上観音の中 央に「不聞」として右左に「言」と「見」を配した例がみられる。三猿の刻像と併せて、三猿の文字 表示も興味がある。

          

初出

『あしなか』185輯(山村民俗の会 昭和59年刊)所収

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