庚申塔物語

都内庚申塔の種々相

都内庚申塔の種々相

昭和55年は、60年に1度巡ってくる庚申年である。前回の大正9年には、長野や新潟などで庚 申塔が建てられた。こうした造塔の動きは今回の庚申年にも見られ、すでに昨夏、私は、長野県北安 曇郡白馬村で「昭和五十五年初庚申」銘を刻む庚申塔を調べている。今年秋には、千葉県鎌ヶ谷市粟 野でも庚申塔を建てそうだ、という情報を得ている。庚申年には、造塔ばかりでなく、今まで使っ ていた掛軸を塚に埋めて新しものに替えたり、庚申堂の本尊を開帳するという所もある。その他にも 庚申年の行事がいろいろ行われるので、今年(昭和55年)は楽しみである。

庚申塔は、沖縄などごく1部を除いて全国各地で見られ、しかも地方色があり、主尊像の変化や他 の信仰との習合が表出されており、調べて楽しいものである。そうした魅力を持つだけに、庚申塔に 興味を持って追い続ける人が多い。私もその中の1人である。

多摩地方に散在する庚申塔は、現在までの調査によって1,300基を超えている。東京都全体では 3,000基ほど現存する、と推定される。庚申塔は、刻像塔と文字塔とに大別されるが、刻像塔で多 く見られるのは、青面金剛を主尊とするものである。その青面金剛も、胸前で合掌するか、剣と人身 を持つか、の6手立像が多い。しかも上方の2手には矛と宝輪を持ち、あるいはそれよりも少ないが 日天と月天を捧げ、下方の2手に弓と矢を持つ類型的なものである。それでも、中には3面のものが あったり、童子や薬叉の刻まれたものが見つかる。

青面金剛の場合、多くは類型的な6手立像であるけれども、2手、4手、8手の像も少数ながらあ り、中には座像も見られる。類型的な6手立像であっても、詳細に観察すると頭部が炎髪であったり 長いとんがり帽子状であったり、あるいはドクロをいただいていたりで、細部に変化がある。持物の 1つ人身の場合でも、赤ん坊のようなものもあれば、首だけという例もある。

庚申塔につきものの三猿の変化も面白い。正面向きの菱形状に刻まれた楷書的なものから、中央が 正面、左右のものが横向きといった行書的なもの、さらに御幣を持って着衣帯冠の横向きの草書的な ものまで、さまざまな姿態のものがある。庚申塔に刻まれた猿は、何も三猿とは限らない。一猿・二 猿・五猿・群猿などがあり、中には添え物としてではなく、主尊の座についているのも見られる。

鹿児島には、田の神や水天を主尊とした庚申塔があると聞く。それほど遠くなくても、神奈川県に は、双体道祖神を主尊とした庚申塔が見られ、富士山の御師が発行した掛軸の図柄をそのまま彫り込 んだものもある。江ノ島には群猿を刻んだ塔があるし、大和市には帝釈天主尊の塔が見られる。それ とは別系統の柴又帝釈天を模した像を主尊とするものが横須賀市内にあるという具合で、その他にも 阿弥陀・大日・観音・地蔵・閻魔などを主尊とするものがある。

東京都には、庚申塔が約3,000基現存すると推定されるが、その変化相は楽しいものがある。特 に延宝ごろまでに造像されたものが変化に富んでいる。清水長輝氏のいわれる元和期から延宝期まで の「主尊混乱時代」と区分された時期(『庚申塔の研究』)に当たる。 ここでは、東京都にある庚 申塔の主尊の変化をとらえて一覧表を作成した。青面金剛は別格としても、この中で阿弥陀・観音・ 地蔵を主尊としたものは比較的多く見られるので、そうしたものは3例だけにとどめた。なお、阿弥 陀については「東京都の阿弥陀刻像庚申塔」(『庚申』第87号 庚申懇話会 昭和56年刊)を、観 音については「東京の観音庚申塔」(『野仏』第11集 多摩石仏の会 昭和54年刊)を発表してい るので、詳細についてはそれらを参照していたければ幸いである。

東京都庚申塔主尊別一覧表
主尊 年銘 塔形 所在地 備考
釈迦如来 寛文4年 光背型 足立区西綾瀬3-19 長性寺
寛文12年 光背型 墨田区墨田5-42-17 円徳寺 
延宝6年 光背型 文京区大塚4-49 大塚公園
薬師如来 正保4年 光背型 板橋区志村1−21 延命寺
延宝4年 光背型 板橋区赤塚5-26 赤塚観音堂
宝永7年 丸彫 東大和市清水 清水神社
定印阿弥 寛文2年 光背型 大田区大森北3-5 密厳院
寛文4年 光背型 足立区千住仲町34 源長寺
延宝8年 光背型 墨田区東向島3-8 法泉寺
来迎阿弥 元和9年 板碑型 足立区花畑3-24-27 正覚院 三尊
正保4年 板碑型 荒川区町屋2-8 原稲荷 三尊
万治3年 光背型 江戸川区西葛西 称専寺 一尊
合掌阿弥 元禄2年 光背型 町田市成瀬・吹上 路傍
元禄9年 笠付型 町田市木曽町 観音堂
大日如来 承応2年 光背型 台東区浅草2-29 銭塚地蔵 胎蔵界
寛文3年 石祠 町田市三輪町下三輪 中尊金剛界
元禄2年 笠付型 町田市図師町坂下 路傍 金剛界
聖観音 承応2年 石幢 杉並区梅里1-4 西方寺
寛文3年 光背型 大田区田園調布南24 密蔵院
寛文4年 丸彫 杉並区成田東4-17 天桂寺
馬頭観音 宝永7年 光背型 板橋区大原町40 長徳寺
安永8年 駒型 東村山市久米川・野行
如意輪観音 寛文8年 光背型 練馬区旭町1-20 仲台寺
延宝6年 板碑型 荒川区南千住6-60 素盞雄神社
延宝8年 光背型 北区神谷3-45 自性院
卅四所観音 享保5年 板駒型 江戸川区東瑞江2 下鎌田地蔵堂 秩父卅四所
勢至菩薩 天和3年 笠付型 町田市小山町 日枝神社
元禄11年 光背型 青梅市吹上 本橋宅
地蔵菩薩 承応2年 丸彫 板橋区蓮沼48 南蔵院
承応3年 光背型 北区中里3-1 円勝寺
万治2年 光背型 墨田区向島5-4 長命寺
六地蔵 元禄15年 石幢 町田市野津田町丸山
不動明王 貞享1年 笠付型 八王子市館町 梅元庵
倶梨迦羅不動 寛文6年 光背型 豊島区高田2-12 金乗院 目白不動
閻魔大王 貞享2年 丸彫 北区中十条2-1 地福寺
仁王 元禄10年 丸彫 足立区本木町5 三島神社
帝釈天 明治14年 板碑型 目黒区平町2-18 帝釈堂
狛犬 享保6年 丸彫 新宿区北新宿3-16 鎧神社
猿田彦大神 文化11年 柱状型 桧原村桧原・白倉・白光
天保2年 駒型 青梅市成木7 松木峠
年不明 丸彫 渋谷区千駄ヶ谷2-35 榎稲荷
2手青面金剛 寛文6年 光背型 三鷹市中原4-16
寛文8年 笠付型 杉並区方南2-5 東運寺 釜寺
寛文10年 笠付型 町田市大戸相原町大戸観音
4手青面金剛 寛文8年 笠付型 杉並区成田西3-3 宝昌寺 座像
天和2年 光背型 板橋区向原3-2 薬師堂跡
明和1年 笠付型 小平市御幸町 五日市街道 所在不明
6手青面金剛 寛文1年 笠付型 板橋区板橋3-25 観明寺
寛文3年 光背型 江戸川区東小松川2 源法寺
寛文4年 光背型 江戸川区船堀6-9 法龍寺
8手青面金剛 元禄16年 板駒型 練馬区北町2-41
宝永5年 光背型 渋谷区代々木5-10 墓地
宝永5年 笠付型 杉並区清水2-15
3面青面金剛 寛文2年 笠付型 板橋区板橋3-13 東光寺
寛文8年 光背型 文京区根津1-28 根津神社
寛文8年 笠付型 豊島区高田2-12 金乗院
一猿 寛文5年 光背型 新宿区北新宿3-23 円照寺
寛文8年 板碑型 渋谷区恵比寿西2-11
延宝2年 光背型 大田区田園調布南24 密蔵院
二猿 寛文4年 光背型 新宿区筑土八幡町7 筑土八幡社
三猿 寛文4年 柱状型 台東区浅草2-29 銭塚地蔵
寛文5年 板駒型 台東区西浅草3-27 万龍寺
寛文5年 板碑型 足立区本木西17-1 吉祥院

以上を一覧されて、都内にある庚申塔の主尊が実に多様性に富んでいるかをご理解いただけたと思 う。その上で、実物をご覧になれば、さらに深く納得されるであろうし、庚申塔に興味を持っていた だけるのではないかと考える。

刻像塔にふれて文字塔を無視したのでは片手落ちになる。紙数の関係もあるから、ここでは、ごく 簡単にふれておく。文字塔も主銘がさまざまで、一般的に見られるのは「庚申供養(塔)」であり、 「庚申(塔)」である。大きな傾向として、造立年代の古いものは長銘を刻み、新しいものには「庚 申」や「庚申塔」が多い。刻像の主尊を文字化したものがある。「青面金剛」「帝釈天王」「猿田彦 大神」がその例である。六字名号や題目を刻むもの、かわったものとしては梵字で斜めに庚申の真言 を彫った方が見られる。

以上のように、庚申塔は、主尊像や主銘の多様性が認められるが、さらに形態的にも変化がある。 通常の塔は、板碑型・光背型・板駒型・笠付型・駒型・自然石・丸彫りの7種に分類することができ る。これらのものは、その種類によって分布の粗密があるものの、日頃見る機会があるので、ここで は、それらを省略して、雑型と呼ぶべきか、分類しにくい青梅市千ケ瀬・宗建寺の塔の写真を示すに とどめる。

板碑型などの通常見られるものを「一般庚申塔」とすると、その枠外のものがある。つまり「特殊 庚申塔」に分類される五輪塔や宝篋印塔・石幢・燈籠などである。千葉県流山には庚申鳥居が見られ るが、今のところ都内では見当たらない。しかし、特殊庚申塔に属する種々のものがあるので、最後 に一覧表をかかげておく。

東京都形態別庚申塔一覧表
形態 年銘 所在地 備考
五輪塔 正保3年 杉並区永福1-25 永福寺
宝篋印塔 寛永3年 目黒区中目黒3-3 十七ガ坂墓地
正保4年 新宿区上落合1-26-19 月見岡八幡
層塔 明暦4年 調布市深大寺町 城山
石幢 元禄15年 町田市野津田町丸山 六地蔵
灯篭 宝永3年 荒川区南千住1-59 円通寺
享保3年 大田区南馬込2-40-11 神明社 青面金剛
宝暦11年 桧原村大沢 貴船神社
石祠 寛文9年 町田市三輪町下三輪 中尊大日
元禄8年 足立区綾瀬2-23-14 北野神社
元禄13年 足立区綾瀬2-23-14 北野神社

初出

『武蔵野』第58巻2号(武蔵野文化協会 昭和55年刊)所収

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