以上、庚申塔について述べてきたけれども、魅力でもふれたように庚申塔は各地に分布しているから、それぞれの土地の塔と他の地域の調査報告と比較していただくと、自分で調べた地域の郷土性が明らかになり、特色もわかっていただけると思う。例えば、『日本の石仏』37号(日本石仏協会昭和61年刊)に掲載された柴田寿彦さんの「静岡県中央部庵原郡の庚申信仰」や竹入弘元さんの「長野県高遠町・長谷村の石仏めぐり」に発表された庚申塔の相互を比較することができる。
また両氏の報告によって、静岡県に「本師釈迦牟尼仏 南無青面金剛王 南無観世音菩薩」や「南無本行釈迦文仏 南無大悲観世音 南無青面金剛明王」などの文字塔があるのを知り、長野県に梵字で記された「キャ・カ・ラ・バ・ア」塔が分布しているのがわかる。
平成7年4月に穂高や高遠を旅行した時に、東高遠・樹林寺にある「キャ・カ・ラ・バ・ア」の種子と向かい合わせの二猿が刻まれた延宝8年塔をみた。隣には「ア・ビ・ラ・ウーン・ケン」の種子を刻む板碑型塔が2基並んでいる。寛文12年塔が正面向き二猿、延宝3年塔が正面向き三猿と3基の猿が異なっていたのが印象的であった。なお、この三基を撮った写真が竹入弘元さんの『伊那谷の石仏』(伊那毎日新聞社 昭和51年刊)八〇〜一の見開きに載っている。
さらに小林剛三さんの「独立したショケラ」によって、福島県郡山市やその周辺の市町村に人身伴う青面金剛の刻像塔が少ないことがうかがえる。このように各誌に発表された各氏の論考から、各地の傾向が捉えられるのである。
庚申塔について一層詳しく知りたい方は、清水長輝氏の『庚申塔の研究』(大日洞 昭和34年刊)を参照されるとよいが、今日では復刻版が発行されているが入手が難しいかもしれない。現在市販されているものでは、故平野実氏の『庚申信仰』(角川書店 角川選書 昭44年刊)が手頃であろう。
故三輪善之助翁の『庚申待と庚申塔』(不二書房 昭10年刊)は、昭和60年に第一書房から復刻版が発行された。飯田道夫氏の一連の著作『見ザル聞くザル言わザル──世界三猿源流考』(三省堂昭58年刊)、『庚申信仰 庶民宗教の実像』(人文書院 平1年刊)『日待・月待・庚申待』(人文書院 平3年刊)は、庚申信仰を知る上で参考になろう。
価格が少々高くなるが、縣敏夫さんの『図説 庚申塔』(揺籃社 平成11年刊)は、全国に分布する庚申塔を視野に入れて執筆されている。主な庚申塔の拓本を載せているので、写真では読めないような刻像や銘文まで知ることができる。注釈も多くの文献に当たって、その点でも参考になる。入手して損のない1冊である。
また各地で発行された石仏の調査報告書、例えば『日本の石仏』37号に紹介されている『伊勢崎の近世石造物』をみれば、群馬県の傾向の一端がわかる。最近の例としては、今市市歴史民俗資料館の『今市の庚申塔』(同館 平成5年刊)、市原石造仏同好会の『市原の庚申塔』(同会 平成6年刊)、大分県北地域民俗研究会の『宇佐・国東半島の庚申信仰の世界』(同会 平成6年刊)、町田市立博物館の『青面金剛と庚申信仰』(同館 平成7年刊)、松本庸夫氏編集の『我孫子の庚申塔』(我孫子市史研究センター合同部会 平成12年刊)など発行されている。
個人の調査をまとめたものでは、多摩石仏の会の鈴木俊夫さんの『東京都の庚申塔 千代田区 港区』(同人 平成12年刊)を始めとする、一連の『東京都の庚申塔』区部シリーズは、7月31日に「板橋区」を受け取ったから現在、世田谷区の一区を残すのみである。他にも同会の縣敏夫さんの『資料 八王子市の庚申塔』(同人 平成12年刊)の業績がある。
ともかく実地で庚申塔に接していただくことが先決である。まだまだ各地には、未知の庚申塔が存在する。そうした塔を追うのもよし、主尊のバライテイや猿の姿態をカメラで狙うのもよいだろう。ともあれ庚申塔に興味を持って接していただければ、その魅力がわかっていただけるであろうし、この小文が少しでもきっかけになれば幸である。
本書は、今までとは違ってFD版が先行するという異例の発行形態である。これまでにもFD版を作成しているが、常に冊子が先で遅れてFD版が発行となった。今後は、こうした今でとは逆の例も多くなることだろう。FD版は、原稿がTXT化されてFDに入力されているので、パソコンの利用の上では都合がよい。現在の方式では冊子発行では冊数が限られ、それに単価も高くて郵送料が馬鹿にならない。その点でもFD版は、利点があって利用価値がある。
平成15年8月5日 記