庚申塔物語

諸々の刻像

諸々の刻像

庚申塔には、主尊と猿の他に諸々の刻像がみられる。上部に位置する日月もそうした1つである。 庚申塔の日天と月天には、共に同じ円で日月の区別のつかないものがあるかと思うと、月天が三日月 で両者がはっきり区分できるものがある。日月だけのものと瑞雲を伴うものとがあり、それぞれ陰刻 と陽刻がある。大護八郎さんの『庚申塔』(新世紀社 昭和33年刊)には、小林徳太郎さんが写され たた各種の瑞雲の写真が載っている。これらの写真からも瑞雲の諸相がうかがえる。

日天と月天で変わったというより珍しいものに、日天に八咫烏、月天に兎の像を彫った塔がみられ る。多田治昭さんの報告によると、千葉県野田市三ツ堀・福田小学校脇の享保20年塔と埼玉県庄和町 倉常・愛宕神社の寛延1年塔の2基を挙げている。参考までに、青面金剛が兎を抱く刻像塔が群馬県 吾妻町三島・根古谷庚申山にある。

「日天」と「月天」を像ではなく、三猿の文字化でみたように日月でも文字化がみられる。金神塔 に文字の日月をみる機会はあるが、庚申塔の場合は極めて少ない。文字化する場合に、最も単純なの は「日」と「月」である。この例は、埼玉県和光市白子・吹上観音にある百庚申の中にある。

次は「日天」と「月天」で、栃木・神奈川・静岡に分布するという。この他に「日光」と「月光」 の組み合わせが栃木や埼玉に、「日神」と「月神」が栃木にあると報告されている。特に栃木県安蘇 郡田沼町は、日月の文字化の多い所で「日月」「日光月光」「日神月神」の文字を刻む庚申塔が30 基あると『田沼町史』第2巻(同町 昭和56年刊)に記されている。

日月が上部ならば、下部には鶏が刻まれている。猿とセットになって、通常の場合は二鶏三猿が多 数を占めるが、例えば東京都台東区浅草・銭塚地蔵にある胎蔵界大日を主尊とする承応3年塔の下部 には、一鶏一猿形式がみられる。他にも二鶏一猿や二鶏二猿があり、東京都文京区春日・北野神社の 年不明塔や大田区仲六郷・東陽院の年不明には子鶏が加わる三鶏がある。まだ未見であるが、埼玉県 嵐山町志賀・観音堂には、雌雄の二鶏に子鶏3羽を刻む享保20年塔があるという。鶏の彫法にも陰 刻と陽刻とみられる。

日月や三猿と異なり、文字化の例は、東京都多摩市関戸の路傍にある「奉待庚申之人族七人」が主 銘の寛文13年塔に「申三疋鶏二羽」と刻む例を知るのみである。ただこの塔には、2鶏と三猿が浮 彫りされており、江戸後期にみられる単なる日月や三猿の文字化とは違いがある。

青面金剛の足下には、通常這いつばった鬼がいる。儀軌(大青面金剛呪法)によると「像両脚下各 安二鬼」と説かれているが、青面青面金剛とセットで一鬼もあれば二鬼もあり、鬼のいない塔も存在 する。岩槻型の鬼のように前向きの鬼もあれば、東京都青梅市千ヶ瀬・宗建寺の万歳型9年塔の二鬼 は足を投げ出し、同市梅郷・庚申堂の明治32年塔の二鬼は首2つが並んでいる。横須賀市内でみた ものに、正面を向いて座った鬼が両手で、あるいは頭と片手で青面金剛を支えたものがある。

2童子は、二鬼上に立つ3眼の4手の青面金剛が四薬叉と共に伴なうと『陀羅尼集経』に説かれて いる。これには、童子を「其像左右両辺、各当作一青衣童子、髪髻両角、手執香炉」と形像を示して いる。次に述べる4薬叉共に儀軌に説かれ、多くの掛軸や御影に描かれている。しかし、庚申塔に現 れる数は少ない。東京都板橋区板橋・観明寺にある寛文1年塔は、2童子像を伴う。

4薬叉は2童子と伴われ、『陀羅尼集経』に「其像右辺、作二薬叉、一赤一黄、執刀執索、其像左 辺、作二薬叉、一白一黒、執銷執叉、形像並皆甚可怖畏、手足並作薬叉手足、其爪長利」とある。観 明寺に近い板橋・東光寺には、2童子と4薬叉の像を刻んだ寛文2年塔がある。

薬叉は4薬叉だけでなく、2薬叉や3薬叉がある。東京都荒川区西日暮里・養福寺の宝永4年塔に は、頬づえの2鬼の横に2薬叉が座っている。3薬叉の例は、千葉県木更津市江川・光明寺の貞享2 年塔に浮彫りされている。

以上に挙げた以外にも庚申塔には、いろいろな刻像がある。多田治昭さんは、前記の猿・馬・鶏・ 八咫烏・兎の5種の他に蛇・狛犬・龍・鳥・狐・蟹の6種を「庚申塔ファイル(2)その2」(『野 仏』第32集所収 多摩石仏の会 平成13年刊)で紹介している。

先ず蛇であるが、『陀羅尼集経』の青面金剛の形像にふれて、蛇について「頂纏大蛇」や「其像腰 纏二大赤蛇 両脚腕上亦纏大赤蛇 所把棒上亦纏大蛇」と記されている。当然、青面金剛の頭上や手 や持物に纏わりつく蛇をみることができる。また持物の1つとして蛇を手にする場合がある。

多田さんの挙げていないものに、虎がある。先の「纏大蛇」の次に「虎皮縵袴」があって、青面金 剛が虎の皮の褌をしている。一寸思い出せないが、青面金剛がしめた虎の顔の褌を記憶している。

次いで狛犬は、古くから東京都新宿区北新宿・鎧神社の享保6年の丸彫り像が有名である。ただ狛 犬で気をつけることは、庚申講が神社へ狛犬を奉納する場合があって、この狛犬は庚申塔とはみなさ れない。群馬県高崎市下新田の享保11年塔は、台座に狛犬が刻まれているという報告がある。

龍は、蛇同様に『陀羅尼集経』に「両膊各有倒懸一龍 龍頭相向」と記され、神奈川県三浦市菊名 ・十刧寺前の明治5年青面金剛像にみられる。

鳥は、東京都八王子市の笠付型庚申塔にみられるもので、同市上恩方町上案下の明和8年塔の笠部 正面の唐破風に刻まれている。同様の塔が明和9年の南浅川町大平・旧道路傍にある。

狐は、東京都渋谷区千駄ヶ谷・瑞円寺にある享保5年と年不明塔の両側面に薄肉彫りされている。 先端が火炎状になった曲がった棒をくわえている。

蟹は、福岡県豊前市の渡辺信幸さんから写真を送っていただいた大分県西国東郡香々地町夷道園に ある青面金剛台石に浮彫りされている。『日本石仏図典』(国書刊行会 昭和61年刊)の61頁に写 真が載っている。多田さんは、岩手県九戸郡軽米町高家・生活改善センターの文政7年塔を前記『野 仏』に掲げている。

庚申塔の猿の姿態も面白いが、諸々の刻像を子細にみると意外に変化があって興味深い。部分写真 を撮って各地の塔の比較すると、思わぬ発見がある。

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