庚申塔物語

庚申塔入門

目次

はじめに

平成15年8月2・3日の両日は、日本石仏協会主催の第25回石仏公開講座が豊島区西巣鴨の大正大学大会議室で開催された。初日の2日、しかも最初の午前10時からの講座を私が担当し、「庚申塔 出会いと楽しみ」を話した。その内容の多くは、かつて『日本の石仏』第三八号(日本石仏協会 昭和61年刊)に発表した「庚申塔入門」とその後に発行された『多摩庚申塔夜話』(庚申資料刊 行会 平成9年刊)による。今「庚申塔入門」を読み返すと、発表後に調査研究が進んで書き改めたい箇所が少なくない。そこで公開講座を機会に新版を作ることを考え、実行に移すこととした。

旧版の書き出しが「昭和55年」の庚申年である。当時の調査では、長野県の449基を筆頭にして全国の昭和55年造塔の庚申塔が1都12県の合計が657基であった。現在は、1都19県にわたって971基の分布を把握している。当時700基以上と推測していた塔数も、現在は1,000基と修正している。

また旧版では最新の庚申塔を千葉県鎌ヶ谷市の昭和60年塔としたが、現在は多摩石仏の会の多田治昭さんの調査によって平成14年塔が確認されている。同氏の『平成の庚申塔』(私家版 平成14年刊)によると、平成元年から千葉県八千代市佐山にある最新の平成14年塔まで40基の造立がみられる。最新塔は、正面上部に日月を刻み、中央に「庚申塔」の主銘、側面に造立の趣旨「為結婚五十周年記念」を記している。この文字塔を平成14年4月22日の庚申日に造立している。

このように庚申塔は、現代でも造立がみられる石塔である。現存最古の庚申塔は、埼玉県川口市領家・実相寺の文明3年(1471)銘の庚申板碑である、とされるから、現在までの530年以上の長期にわたって造塔がみられたことになる。

このように長期間にわたって立てられ、そして昭和庚申年に多数の造塔があった庚申塔とは、一体何か、またどのような形態をしているのか、さらに長期間にどのような変化があってのかなど、ここでは庚申塔について述べよう。

旧版では、文末に「紙幅の制約があってまだ触れたい点が多々あるけれども、割愛しなければならい」と記したように、雑誌の頁数の関係があって内容や文章の圧縮も止むをえなかった。そこで今回の新版では、頁数を気にしないで自由に書き進めたい。

出典

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