庚申塔物語

都内改刻塔再訪

都内改刻塔再訪

平成12年7月11日(火曜日)は、6日(木曜日)に巡った改刻塔を再訪する。 現場では注意が銘文に集中していて、それ以外のことには眼がむかなかったから、 先日の記録をまとめてみると、わからなかった疑問が浮かんでくる。 今回は、前回とは逆に渋谷・東福寺〜高田馬場・諏訪神社〜筑土八幡町・筑土八幡神社〜春日・牛天神のコースで廻る。 こうすれば光線状態も異なるから、前回とは違った面で発見があるかるかもしれないと考えたからでる。

(渋谷区・東福寺の部部は省略する)

次いでJR渋谷駅に戻って山手線外回りでJR高田馬場駅に出て、 新宿区高田馬場1丁目12番6号の諏訪神社を訪ねる。 問題の改刻塔は、表1.-1の塔である。

今回も時間を掛けてこの塔を観察する。特に、頂部中央に刻まれた銘文に注意する。 前回は「奉造立地蔵菩薩」と「為二世安楽□□」と読んだが、 今回みたところ「カ奉造立地蔵菩薩」と「為二世安楽也」とほぼ同じ結果である。 その横に「四□戌霜月」らしく読めるがはっきりしない。

左端にある「天和二壬戌年三月吉祥日 奉崇御手洗從當社勧請」の中で、 特に問題となるのは「御手洗從」の解釈である。 これが人名ならば、その関係や年代が手掛かりになって、 例えば宮司とか氏子総代などの神社関係者であるのか、 江戸末期から明治初年の人物であれば、改刻の証明ともなる。

この点が知りたいと思い、社務所を尋ねて村岡賢一宮司にお会いする。 宮司は明治42年にこの地で生まれ、育った方である。 記憶の限りでは御手洗姓に心当たりがないという。 御手洗といえば、隣の玄国寺本堂裏にかつて御手洗と呼ばれる水たまりがあり、 大正初年に埋められたそうである。

境内には、天和2年塔の他にも次の2基がみられる。

表1.-2が神社にあるのは普通であるが、 表1.-3は仏教的色彩の強い塔である。 この塔があるのだから、 表1.-1が文字塔であるならば改刻されずにここに置かれた可能性が高い。 しかし地蔵を浮き彫りした塔となると、寺に置くか、 改刻してこの塔のように「塞神三柱」として現地に置くかだろう。 頂部の「カ 奉造立地蔵菩薩」の銘文から考えると、 地蔵の立像─恐らくは宝珠と錫杖をとる延命地蔵と考えられる─を陽刻する塔ではなかったか、 と推測するのが妥当かもしれない。 そうならば、蓮台の上が端から塔身との幅が10センチあってもおかしくない。

左端の年銘は後刻と考えられるが、塔型や法量からみて天和2年の年銘が妥当である。 後で廻る筑土八幡社の寛文4年塔と同様に本来の年銘が消され、 旧来の塔のものが後刻された可能性が高い。

いずれにしても天和3年銘の「塞神三柱」塔は、 基部の蓮葉模様を両側面に残しながら正面を削り取り、想像の域を出ないが、 地蔵菩薩立像を削り落として「塞神三柱」の主銘とその両横に 「諏訪上下大明神」「正八幡大明神」「天(以下欠失)」「稲荷大明神」の銘文を刻んだ改刻塔と考える。

諏訪神社からJR高田馬場駅に戻り、山手線と中央線緩行を乗り継いでJR飯田橋駅で下車、 新宿区筑土八幡町2番1号の筑土八幡社に向かう。前回と逆コースで石段を上り、境内に入る。 ここには表1.-4の塔がみられる。

猿や桃のバックは梨地で、日月のバックとは彫り方が異なる。 それから考えると上部の日月・瑞雲を含む上方27センチの部分は、旧来の部分を残したようにみえる。 しかし桃の実や立っている牡猿の出っ張りから想像すると、旧来の部分が残るには不自然とも思える。 その点に疑問が残る。

基部に刻まれた施主銘の「福田新左衛門」と「岩本嘉右衛門」の間には、凹みがみられる。 この部分に「干時寛文四□□閏」とよめそうな字が刻まれている。 この塔の塔型や法量からみて、寛文期の造立はうなずける。 従って、闇雲に両側面に「干時(異体字)寛文四甲辰年」「閏五月廾九天」と刻んだのではなく、 旧来の塔の造立年銘を刻んだ可能性が高い。

(文京区・牛天神の部部は省略する)

6日と今回の2回で改刻塔の調査は終わった。現在では、これ以上の調査結果がでないだろう。 これまで、これほど改刻に注意して銘文を読んだことはなかった。 予測や推測も必要ではあるが、何といっても現物に当たることが重要である。 疑問があれば、どこまでも追求する必要がある。 今回の改刻塔巡りを通じて、その点を痛切に感じた。

表1.平成12年7月11日に巡った都内の改刻塔
No.年銘塔形寸法備考
1天和2年光背型154×66日月「塞神三柱」
2貞享5年光背型91×39日月「奉待庚申供為二世安楽也」三猿
3承応板碑型139×52「キャカラバ 逆修菩提也」蓮華
4寛文4年光背型160×67日月・ニ猿

初出

『平成十二年の石佛巡り』(多摩野佛研究会 平成12年刊)所収

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