庚申塔物語

いろいろな主尊

いろいろな主尊

庚申塔の魅力の1つに挙げたように、庚申塔には、さまざまな主尊が塔面に現われてくる。道教に源を発する庚申信仰は、日本で同化する過程で仏教の各宗派や神道・修験道、あるいは古来から伝えられた民間信仰(たとえば日待信仰や月待信仰)などの影響を受けて変容をとげてきた。特に仏教化が進み、庚申縁起が成立して礼拝本尊が説かれるようになり、供養塔の造立が広く行われると、それぞれの指導者がいろいろな主尊を登場させてくる。

庚申縁起は、時刻によって異る本尊が礼拝される。天理図書館蔵の『庚申之本地』には、「戊亥の時には文殊菩薩薬師過去七仏を念じ奉るべし、子丑の刻には青面金剛釈迦現在の七仏念じ奉るへし」とある。また大分県の秋葉文庫蔵の『庚申之御本地』では

文殊菩薩・薬師如来・大日如来を本尊として過去七仏を念ず。
亥・子
青面金剛を本尊として現在七仏を念ず。
寅・卯
六観音・阿弥陀如来を本尊として未来七仏を念ず。

のように、それぞれの時刻の礼拝本尊を示している(窪徳忠博士『庚申信仰の研究』 日本学術振興会 昭36年刊)。

このように庚申縁起には、多くの仏・菩薩が登場する。また庚申講を指導する宗教家の宗派によって、例えば神道では猿田彦大神を、日蓮宗では帝釈天を主尊にしている。そうした事情からみても庚申塔にいろいろな主尊が刻まれている。

各種の主尊の実例を東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県の南関東地方の1都3県の場合でみると、次表「南関東主尊別庚申塔一覧表」の通りである。

南関東主尊別庚申塔一覧表
形態 年銘塔型 所在地 備考
青面金剛2手 寛文6年 光背型 東京都三鷹市中原4-6
寛文2年 光背型 神奈川県津久井郡津久井町馬石
元禄16年 光背型 千葉県松戸市古ヶ崎 鵜ノ森神社
寛文12年 光背型 埼玉県久喜市青毛 鷲宮神社
青面金剛4手 元禄7年 光背型 東京都昭島市大神町 観音寺
承応2年 光背型 神奈川県高座郡寒川町大曲 八幡神社
延宝2年 光背型 千葉県柏市布施 大日堂
寛文1年 光背型 埼玉県大里郡妻沼町西城 長慶寺
青面金剛6手 文化9年 雑型 東京都青梅市千ケ瀬 宗建寺
寛文11年 笠付型 神奈川県三浦郡葉山町上山口
寛文3年 光背型 千葉県東葛飾郡関宿町台町 光岳寺
寛文3年 板碑型 埼玉県北足立郡吹上町明用 観音寺
青面金剛8手 文化12年 駒型 東京都府中市天神町 路傍
文化2年 駒型 神奈川県三浦郡葉山町一色 玉蔵院
元文1年 駒型 千葉県浦安市堀江 宝城院
宝永2年 光背型 埼玉県春日部市上大増 香取神社
青面金剛3面 宝暦6年 笠付型 東京都田無市本町 総持寺墓地
文化3年 笠付型 神奈川県藤沢市下上棚
延宝6年 板碑型 千葉県松戸市大橋 浄念坊
寛文3年 笠付型 埼玉県大宮市西遊馬 高城寺
帝釈天 明治14年 板碑型 東京都目黒区平町 帝釈堂
宝永1年 笠付型 神奈川県大和市大和田 薬王院
嘉永5年 駒型 千葉県松戸市紙敷 庚申前旧在 寺へ移転
帝釈天 宝永1年 笠付型 神奈川県横須賀市荻野 児童公園 柴又型
猿田彦 天保2年 駒型 東京都青梅市成木 松木峠
万延1年 柱状型 神奈川県横須賀市久里浜 天神社
文政10年 丸彫 千葉県野田市木野崎菊谷
嘉永6年 駒型 埼玉県川口市舟戸町 善光寺墓地
一猿 貞享1年 板駒型 東京都狛江市和泉 泉龍寺
享保4年 板駒型 神奈川県横須賀市久留輪 粒石
寛文12年 板碑型 埼玉県大里郡川本町屈巣 観音堂
三猿 寛文10年 板碑型 東京都青梅市小曽木 小枕路傍
寛文10年 板碑型 神奈川県横浜市金沢区六浦町三艘
寛文5年 板碑型 埼玉県北葛飾郡杉戸町佐左衛門 松田寺
群猿 無年紀 柱状型 神奈川県藤沢市江ノ島 奥津宮下
釈迦如来説法印 寛文12年 光背型 東京都墨田区墨田5-42 円徳寺
延宝1年 光背型 千葉県流山市中野久木 愛宕神社
釈迦如来合掌 寛文4年 光背型 東京都足立区西綾瀬 長性寺 
明暦2年 笠付型 千葉県市川市曽谷 安国寺
薬師如来 宝永7年 丸 彫 東京都東大和市清水 清水神社 座像
寛文10年 笠付型 千葉県船橋市西船橋5丁目 路傍
寛文10年 光背型 埼玉県蕨市錦6丁目 堂山墓地
阿弥陀定印 元禄7年 笠付型 東京都八王子市万町 観音寺 
寛文10年 笠付型 神奈川県鎌倉市大町 八雲神社 
延宝年間 光背型 千葉県印旛郡白井町法目
阿弥陀来迎印 延宝4年 光背型 東京都調布市深大寺町 諏訪神社
寛文2年 笠付型 神奈川県横浜市戸塚区舞岡町桜堂
承応2年 光背型 千葉県富津市竹岡 十夜寺
寛文3年 光背型 埼玉県越谷市宮本町 地蔵院趾
阿弥陀合掌 元禄2年 光背型 東京都町田市成瀬 吹上路傍
天和3年 笠付型 神奈川県鎌倉市二階堂
大日如来金剛界 元禄2年 笠付型 東京都町田市図師町 日向路傍
延宝8年 笠付型 神奈川県津久井郡藤野町上河原
寛文6年 丸彫 千葉県流山市流山8丁目 路傍
大日如来胎蔵界 承応2年 光背型 東京都台東区浅草2丁目 銭塚地蔵
元禄10年 光背型 神奈川県横浜市保土ヶ谷区今井町 金剛寺
延宝4年 光背型 千葉県流山市西初石
聖観音 寛文3年 光背型 東京都大田区田園調布 密蔵院
延宝3年 光背型 神奈川県横浜市戸塚区矢部町 八幡神社
正保3年 光背型 千葉県浦安市堀江 大蓮寺
寛文5年 光背型 埼玉県八潮市柳の宮 狩野家墓地
馬頭観音 安永8年 駒型 東京都東村山市久米川 野行路傍
如意輪 寛文8年 光背型 東京都練馬区旭町 仲台寺
寛文1年 丸彫 神奈川県川崎市幸区北加瀬 寿福寺
卅四所 享保5年 板駒型 東京都江戸川区東瑞江 下鎌田地蔵堂 秩父霊場
勢至菩薩 天和3年 笠付型 東京都町田市小山町 日枝神社
年不明 光背型 千葉県我孫子市中里 薬師堂
延宝8年 光背型 埼玉県三郷市彦倉 虚空蔵堂
地蔵菩薩 寛文4年 光背型 東京都稲城市東長沼 常楽寺
寛文3年 光背型 神奈川県川崎市高津区久地 養周院
万治2年 光背型 千葉県浦安市新井 延命寺
承応3年 光背型 埼玉県越谷市越谷 天岳寺
六地蔵 元禄15年 石幢 東京都町田市野津田町 丸山路傍
延宝2年 燈籠 神奈川県秦野市堀之内
寛文5年 石幢 埼玉県羽生市常木 長光寺趾
不動明王 貞享1年 笠付型 東京都八王子市館町 梅元庵
寛文11年 光背型 神奈川県横浜市鶴見区東寺尾 不動堂
寛文9年 光背型 埼玉県岩槻市馬込 満蔵寺薬師堂
倶利迦羅 寛文6年 光背型 東京都豊島区高田 金乗院(目白不動)
閻魔大王 貞享2年 丸彫 東京都北区仲十条 地福寺
元禄10年 丸彫 神奈川県横浜市中区南中通 県立博物館
仁王 元禄10年 丸彫 東京都足立区扇2-9 三島神社
弁才天 元禄2年 光背型 東京都足立区千住仲町 氷川神社
宝永6年 光背型 埼玉県川越市下松原 路傍
聖徳太子 嘉永3年 駒型 千葉県世田谷区用賀 真福寺
元禄5年 板駒型 埼玉県横浜市港北区綱島西 来迎寺
双体道祖 明和6年 光背型 神奈川県茅ヶ崎市東寺尾 池端路傍
枡形牛王 享和4年 柱状型 神奈川県藤沢市片瀬 泉蔵寺入口
狛犬 享保6年 丸 彫 東京都新宿区北新宿 鎧神社

この表に漏れたものとしては、群馬県渋川市祖母島の弥勒菩薩[註1]や鹿児島県の水天[註2]などがある。まだまだ全国各地に分布する庚申塔の中には、以上に挙げた主尊以外の刻像がみられるであろうし、未知の主尊が現われる可能性を残している。

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