庚申縁起には、いろいろな仏・菩薩が礼拝本尊として登場する。 薬師如来もその1つであり、大分・宇佐八幡宮の「庚申因縁記」や天理図書館蔵の「庚申之本地」などに、 「戌亥ノ時ニハ文殊薬師各々過去ノ七仏ヲ可念」とか、 「戌亥の時には文殊菩薩・薬師如来・過去七仏お念じ奉るべし」と記されている。 あるいは、青森・柳沢氏蔵の「庚申縁起」などには「辰巳の時には薬師如来」とあり、 奈良・金輪院の「庚申待祭祀縁起」には「戌亥ノ時ニ至テ、本尊ノ呪、不動・薬師・文殊ノ呪い、 七仏ノ宝号ヲ唱フベシ」とある。
数ある庚申縁起の中には、たとえば叡山文庫蔵の「庚申雑々」のように「戌亥ノ時ハ文殊ヲ念ジ」と、 薬師が省かれる場合がみられる。 しかし同様な記述であっても、清水長明さんが所蔵する「庚申待之縁起」には、 寅卯の時に「薬師真言 チンコロコロセンダリマトウギソワカ」を百回唱えるように 「庚申之夜勤之目次」に示されている(窪徳忠博士『庚申信仰の研究』)。
以上見たように、庚申縁起の礼拝本尊として登場する薬師如来が、庚申塔の本尊となるのは、けして無縁ではない。 薬師を主尊とした庚申塔で最も広く知られているのは、 志村1−21の延命寺境内にある「庚申待結衆」銘薬師座像を主尊とする正保4年(1647)塔(俗称「蛸薬師」)である。 頭上に輪後光を持ち、両手で薬壺を捧げる座像を光背型の中央に浮彫りする。板橋区にはもう1基存在する。 赤塚5−26の観音堂境内にある「奉造立薬師如来像供養庚申為二世安楽」銘の薬師立像延宝4年(1676)塔である。
多摩地方には、次の1基がみられる。 [表1]参照
No. | 年銘 | 西暦 | 中尊 | 塔形 | 所在地 | 備考 |
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1 | 宝永7年 | 1710 | 薬師如来 | 丸彫 | 東大和市清水 清水神社 | 座像 |
1の宝永7年塔は、神社境内にある木祠の中に安置されている。 板橋の浮彫り像とは異なり、丸彫り像である。台石正面に「庚待供□ 宅部同行十七人」、 両側面に「宝永七庚寅年」「二月吉日」の銘が刻まれている。