庚申塔物語

勢至の庚申塔

勢至の庚申塔

青面金剛以外にも、庚申塔の主尊としていろいろな刻像がみられるのは、よく知られている。 東京都の場合をみても、釈迦・薬師・阿弥陀(定印・来迎院・合掌の3種がある)・大日・聖観音・ 馬頭観音・如意輪観音・卅四所観音・地蔵・不動・倶利迦羅不動・閻魔・帝釈天、 あるいは猿など実にさまざまなものがある。 ところが勢至菩薩が主尊というのは、最近まで一般には知られていなかった。

勢至主尊の庚申塔が存在するのを私が知ったのは、埼玉県三郷市文化財調査委員会編の 『三郷市内庚申塔調査報告』に載った同市高須・宝蓮寺墓地にある元禄10年(1697)塔の報告である。 その後、同県八潮市教育委員会編の『八潮の金石資料』にも、 同市八条高木・清勝院境内にある寛文2年(1662)塔が紹介されており、 勢至主尊の庚申塔が埼玉県下に2基あることを知った。

多摩地方には、町田市と青梅市に勢至主尊の庚申塔が各1基みられる。 [表1]参照

表1.多摩地方にみられる勢至の庚申塔(1)
No.年銘西暦中尊塔形所在地備考
1天和3年1683勢至菩薩光背型町田市小山町 日枝神社三猿
2元禄11年1698勢至菩薩光背型青梅市吹上 本橋家三猿

1の天和3年塔は笠付型塔、塔身の高さは69センチ、幅は29センチ、奥行が23センチある。 左側面に「天和三癸亥年三月吉日」と「願主敬白 清左門 次郎兵衛」の銘に不聞猿、正面に勢至立像、 下部に不見猿があったと思われるが現在は欠けてない。 左下に「六左右門 四郎左門」の2名、右下にも2名位の名前が刻まれていたかもしれないが、破損のため不明である。 右側には「奉納庚申供養請願成就所」と「文右門 五郎兵衛」の銘、下部には不言猿の陽刻がみられる。

2の元禄11年塔は、高さ61センチ、幅31センチである。 光背型塔に近い自然石というべきであろうか。像の左に「元禄十一□□九月 施主」、 右に「吹上村 本橋三兵衛」の銘。下部には正面向きの三猿が刻まれている。 近くの馬頭山から現在地に移された。

この塔は、『青梅市の石仏』では観音が主尊とあるが、 勢至主尊の庚申塔の存在を知らなかったかので、「観音」と誤ってのせた。 [表2]参照

表1.多摩地方にみられる勢至の庚申塔(2)
No.年銘西暦中尊塔形所在地備考
3年不明--合掌佛光背型町田市金森 西田坂風化

3の年不明塔に浮彫りされた主尊は、風化が進んで像容がはっきりしないが、 「庚申供養講中 武州金森村」の銘を刻む合掌をした立像である。 これを発見した当時は、勢至主尊の庚申塔があるのを知らなかったので、合掌地蔵に分類しておいた。 この塔の主尊も勢至である可能性がある。

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