庚申塔物語

二童子と四薬叉

二童子と四薬叉

ニ鬼の上に立つ3眼の4手の青面金剛が2童子と4薬叉を伴なうと、『陀羅尼集経』に説かれている。 儀軌は、童子について「其像左右両辺、各当作一青衣童子、髪髻両角、手執香炉」とあり、 薬叉について「其像右辺、作二薬叉、一赤一黄、執刀執索、其像左辺、作二薬叉、一白一黒、執銷執叉、 形像並皆甚可怖畏、手足並作薬叉手足、其爪長利」と説明されている。

板橋区には、板橋3-25の観明寺にある寛文1年(1661)塔には日月・剣人6手の青面金剛ニ鬼・一鶏・ニ猿・2童子、 板橋4-13の東光寺にある寛文2年(1662)塔には日月・剣索6手の青面金剛・一鬼・一鶏・一猿・2童子・4薬叉の像を刻む。 共に笠付型塔である。

それの2基より年代のくだった千葉県浦安市堀江・宝城寺にある元文1年(1736)塔は、 日月・合掌6手の青面金剛・一鬼・ニ鶏・三猿・2童子・4薬叉を浮彫りする。 こうした塔のように、庚申塔の中には2童子と4薬叉を陽刻するものがある。

多摩地方にもただ1基、2童子と4薬叉を刻む塔が調布市内にみられる。 [表1]参照

表1.多摩地方にみられる二童子と四薬叉
No.年銘西暦中尊塔形所在地備考
1寛政12年1800青面金剛駒型調布市東つつじケ丘1剣人6手

1の寛政12年塔は、塔上部に瑞雲を伴う日月、中央には剣人6手の青面金剛が1鬼上に立ち、 青面金剛の両横にそれぞれ1童子、その下に各々2薬叉を配し、下部に三猿を陽光している。 右側面に「寛政十二庚申歳十一月吉日」、左側面に「武州多摩郡入間村」の銘を刻む。 庚申年の造立である。

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