庚申塔物語

帝釈天銘の庚申塔

帝釈天銘の庚申塔

庚申縁起には帝釈天の使者が四天王寺の僧に庚申を伝えたと記され、 こんなところにも庚申信仰と帝釈天が結びついている。 柴又の帝釈天(題経寺)は、庚申の日が縁日で賑わう。 この寺で発行している掛軸が庚申講で使われ、 この板本尊を写した庚申塔(たとえば神奈川県横須賀市長坂・児童公園の天保14年塔)が造られている。

多摩地方の庚申塔には、帝釈天の刻像塔はみられないが、帝釈天銘を刻む塔は次の通りである。 [表1]参照

表1.多摩地方にみられる帝釈天銘の庚申塔
No.年銘西暦中尊塔形所在地備考
1元禄10年1697青面金剛笠付型府中市分梅町1 光明院三猿
元文1年1736(文字)笠付型保谷市住吉町5-13題目
2大正6年1917青面金剛駒型保谷市下保谷3 福泉寺題目
3昭和27年1952(文字)柱状型稲城市大丸 路傍
4年不明--(文字)笠付型町田市本町田 博物館三猿

1の元禄10年塔は、正面に主尊の合掌6手青面金剛を刻み、上部に日月と三猿を配している。 左側面に「庚申帝釈天」の銘がみられ、青面金剛を帝釈天と考えていたふじがみられる。

参の元文1年塔は、題目塔で庚申塔ではないが、右側面に「大梵天王」、左側面に「帝釈天王」とある。

2の大正6年塔、合掌6手の青面金剛を主尊とし、 両脇には「南無帝釈天王」と「諸天昼夜常為法故」の銘が刻まれている。

3の昭和27年塔は、「帝釈天王擁護庚申塔」の文字塔である。

4の年不明塔は、同市森野・神明神社にあってものが現在地に移されている。 正面に「南無妙法蓮華経」、右側面に「奉造立帝釈天王供養塔」、 左側面に「為講中二世大願」と刻まれ、3面の下部に一猿ずつ浮彫りする。

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