あきる野市上代継・真城寺にある正徳2年(1712)塔には、「庚申尊像三箇年日待成就二世安楽所」の銘文がみられる。 「三箇年日待」とは三年一座のことで、これからみると「日待」が「庚申待」と同じ意味を持っているし、 庚申待自体も日待の一種である。 従って柚木町の正徳2年塔の「奉造立青面金剛日待供養」の「日待」銘は、「庚申待」の意味だから、 特に日待信仰とみなくてもよいだろう。
しかし後でふれるように、稲城市坂浜・上谷戸の寛政6年(1794)塔には、 「庚申講中 上谷日待講」と併記しているところをみると、「日待」=「庚申待」とはいえなくなる。 また奥多摩町氷川・除ケ野の庚申尾根にある明和3年(1766)塔には「日待念佛修業講」とあって、 庚申講とは異なると思われる。 ここでは、「日待」の銘文を持つ塔を挙げておく。 [表1]参照
No. | 年銘 | 西暦 | 中尊 | 塔形 | 所在地 | 備考 |
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1 | 明和2年 | 1765 | 青面金剛 | 笠付型 | 八王子市上野町 資料館 | 合掌6手 |
2 | 明和3年 | 1766 | 青面金剛 | 柱状型 | 奥多摩町氷川 庚申尾根 | 合掌6手 |
3 | 安永2年 | 1773 | 青面金剛 | 笠付型 | 日野市南平3 | 合掌6手 |
4 | 安永3年 | 1774 | 青面金剛 | 笠付型 | 日の出町大久野 神社 | 合掌6手 |
5 | 天明7年 | 1787 | 青面金剛 | 笠付型 | あきる野市菅生 蔵守院 | 合掌6手 |
6 | 寛政6年 | 1794 | 青面金剛 | 笠付型 | 稲城市坂浜・上谷戸 | 剣人6手 |
7 | 寛政12年 | 1800 | (文字) | 自然石 | 奥多摩町梅沢 宝珠庵 | |
8 | 文化6年 | 1809 | (文字) | 柱状型 | 八王子市鑓水 大芦会館 | |
9 | 文政6年 | 1823 | (文字) | 自然石 | 町田市相原町 |
1の明和2年塔は、青面金剛の刻像塔で「綿打谷土御日待講中」の銘がある。八王子市宇津貫・和 田の旧在地から移された。
2の明和3年塔は、「日待念佛修業講」の銘を刻む青面金剛の刻像塔である。
3の安永2年塔は、青面金剛の刻像塔に「日待講中拾四人」の施主銘がみられる。
4の安永3年塔は、青面金剛の刻像塔に「日需供養塔」の銘がある。
5の天明7年塔は、「日待講中三十七人」の青面金剛の刻像塔である。
6の寛政6年塔青面金剛の刻像塔には「庚申講中 上谷日待講」と日待に関する銘がある。 刻像塔ばかりでなく、文字塔の場合も7の寛政12年塔・8の文化6年塔・9の文政6年塔の3基 (いずれも主銘は「庚申塔」)には、各塔共に「日待講中」の施主銘がみられる。